お山のすぎの子:胃腸が疲れたときの駆け込み寺

とにかく申し訳ないことをした。今はただ、後悔と罪悪感でいっぱいだ。

自分の欲望のために、振りまわし、酷使する。そんなサイコパスさながらのことをしてしまった。人間としてあるまじき行為だ。「周りが見えていなかった」―そんな言い訳が通用しないのも、分かっている。なぜなら、もう手遅れだからだ。

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「にこみうどん」に誘われて

このメディアの記事数は、”とある変数”と比例関係にある。あなたはお分かりだろうか?答えは「摂取カロリー」だ。 記事が増える。このことは、外食の頻度の増加を暗示している。さらにいえば、摂取カロリーの増加に直結しているのだ。

このメディアのライターの中にはデブもいるが、私はBMI=16のヤセである。なぜヤセであるか?答えは単純、大食いができないからだ。少しでも多く食べる日が続いてしまうと、ある時点から一切の食欲が眠りにつき、胃腸が食べ物を受け付けなくなる。そして半日の断食、納豆ご飯だけで一食を済ますといった”調整期間”に自動的に入ってしまう。

メディアを活発に運営したいという欲望は、そんな胃腸の悲鳴を無視し続けていた。そして今日、胃腸はついに沈黙した。朝ごはんは食べられない。人生に一度しかない2019年3月22日の朝食は、もう二度と帰ってこないのだ。後悔と罪悪感でいっぱいとはこのことだ。

実は昨日の夕飯から炭水化物を抜いており、今朝の朝食もスキップした。こうすると、ようやく多少は胃腸が息をし始める。糖分不足では仕事にも不調がでるので、おなかにやさしい昼ご飯を食べようと思い、「おなかにやさしい料理」などのワードで検索をした。

そして、とあるメディアでみつけた「にこみうどん」というワード。このひらがな6文字に、おなかへのやさしさを錯覚してしまった。

うどん屋に行くことに決めた。おなかにやさしい三茶のうどんといえば、言うまでもなく、あそこだ。

お山のすぎの子である。

「手間も時間もすべて あたたかい一杯のため」

「心を込めた 手打ちうどん」

「化学調味料を一切使って居りません」

自らが”やさしいうどん屋”であることを、3つの根拠を挙げて主張するという、プレゼンの王道手法を用いている。手書き風のフォントにも味があり、胃腸が弱い人々を吸い込むオーラが全開だ。

店内はランチ時なのに照明が暗めで、BGMもジャズが静かな音量で流れている。席数は多い。ランチ時は全面禁煙。

メニューを見たが「にこみうどん」という6文字を見つけることはできなかった。そこで私は、1文字多い「なべやきうどん」にシフトすることにした。

薄味だけどしっかりだしが効いているスープと、コシのあるうどん。具も充実しており、海老天や温泉卵が入っている。胃腸を癒してくれるような、やさしい味わいだ。時間をかけてゆっくりと食べ、最後のスープまで飲み干した。ランチタイムは、コーヒーか紅茶か抹茶オレがついているので、抹茶オレを選んだ。

量も多すぎない。傷ついた胃腸に負担をかけず、そっと包み込んでくれるようなうどんだった。 カウンセラーであり、AEDである。そんなうどんだったのだ。 私の胃腸に回復の兆しが見えた。

繋がれた胃腸の生命(いのち)。今宵も記事を書くために、私は三茶の飲食店という名の戦場に消えてゆく。

お山のすぎの子 ホームページ:http://www.oyamanosuginoko.com/