いちびこ:失われたパンナコッタを求めて

小汚い三角地帯、中途半端な高さの展望台、地元民向けの素朴なパン屋… 三軒茶屋は、かつてはインスタ映えしない街だった。私はそんなローカルな三茶を愛していた。

それなのに、である。最近新しくできる店といえば、何かと10代~20代前半女子が好みそうな店が多い。つまり、インスタ映えしそうな店が多いということだ。何年継続するかも分からないタピオカ屋が三軒もでき、湘南発のビーカー入りプリン屋がはるばる三茶にやってきた。

これは一体どういうことなのか?三茶がインスタ映えのターゲットにされてしまったのは、なぜなのか?その答えは、とある店に隠されている。

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ミガキのかかった、いちごスイーツ専門店

三茶民としての私の観測によれば、三軒茶屋をインスタ映えラッシュに陥れたきっかけは、いちごスイーツ専門店のいちびこである。

いちびこは駅から徒歩3分ぐらいの場所にあるが、実はこれは二号店である。一号店は、三茶から徒歩7分ぐらいのひっそりとした場所にある。

筆者の実家は一号店に近く、通勤時に必ず店の前を通っていたため、一号店のことはオープン前から知っていた。今でこそ行列のできる店だが、オープン後の最初の半年は、商品数も少なく、客も少なく、垢ぬけない雰囲気の店であった。

しかし、試しに入店して「パンナコッタ」を買ってみると、その地味な印象は舌の上で一瞬で華やかなものに変わった。パンナコッタの上に乗っているいちごのジュレが、あまりに美味しすぎたのである。

さすがは、いちご一本で勝負するだけある。「ミガキイチゴ」という品種のいちごが売りらしい。そんじょそこらのスイーツ屋にはない、まさに”磨き”のかかった味で、感動した。

ハイクオリティな割にお客さんが少ない。いつか潰れてしまうのではないかと不安になりながらも、定期的に購入することでささやかなお布施をし、応援していた。

そんないちびこも、オープンから1年後ぐらいには、何かの雑誌だかどこかのインスタグラマーだかに紹介されたのか知らないが、気づけば若い女子が行列をつくる店と化していた。でも、おいしかったので、応援していた。

増える客、薄れゆく感動

行列ができようと、行列のない時間を見計らって定期的にお布施を続けていた。しかし、ある時からプリンやショートケーキ、そして伝説のパンナコッタの味が少々落ちたように感じ始めたのである。おいしいことには変わりがないのだが、オープン当初の感動する味からは遠のいていた。

同時に、二号店のオープンや、三茶ではない場所で期間限定オープンをするなどのニュースが耳に入るようになってきた。私は静かに悟り始めていた。

「ああ、そちら側へ行ってしまうのだろうか」

そちら側とは言うまでもなく、商業路線側のことである。そして、今年の5月、その絶望は確信に至った。

三軒茶屋には、目ぼしいスイーツ店がないので、期待は薄れながらもいちびこに足を運び、パンナコッタを食べた。

しかし、私の記憶と合致する伝説のイチゴジュレは、もうそこには存在しなかった。私の目の前にあるパンナコッタにかかっているジュレは、アヲハタのイチゴジャムやかき氷用いちごシロップの味と大差ない、圧倒的コモディティだったのだ。

いちびこは、確かにかわいい。

可愛いは、正義なのかもしれない。

そして、いちごスイーツ専門店であることには間違いない。これからもきっと、インスタ好きの女子に愛される店であり続けるのだろう。

しかし、いちびこはもう、舌の肥えた三茶民など見ていない。いちびこの眼中にあるのは、可愛さにお布施してくれる非三茶民なのだ。

もしかすると、もう二度と足を運ぶことはないかもしれない。それでも私は、決して忘れないだろう。いちびこが遺してくれた、幻のパンナコッタの感動を。

いちびこ 公式ホームページ: https://ichibiko.net/