佐野SA上り線の佐野ラーメンの追憶

わたしのラーメンの原点は、90年代の「東秀ラーメン」にあった醤油ラーメンである。わたしのラーメン像は、東秀ラーメンで作られた。

当時三茶ではなく、国領という田舎に住んでいた小学生のわたしにとって、東秀ラーメンはごちそうだった。狭くて汚らしい店内、壊れかけの椅子、なぜか毎度BGMは近藤真彦…そんな素朴な東秀ラーメンで、家族そろって醤油ラーメンを食べる時間が幸せだった。

その後家族は解体し、わたしは三茶に引っ越し、いつしか国領の東秀ラーメンもつぶれた。東秀ラーメンはチェーン店だが、時代と共に味は改良されるもの。もはやどの駅の東秀ラーメンに行っても、あの時の味には出会えなかった。もちろん、こだわりが強い個性的な進化系ラーメン店の数々も、わたしの期待に応えてくれることはなかった。

わたしがずっと探し求めている、幻のラーメン、幸せの味。

それに最も近いラーメンが、今年の6月になってようやく発見された。佐野SA上り線の佐野ラーメンだ。

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世界を動かした佐野ラーメン

あの日は、益子へ焼き物を買いに行った帰り道のことだった。夕飯は三軒茶屋で食べるか、どこかのSAで食べるか?そんな悩みを繰り広げていたわたしたちの目の前に、佐野SA上り線が現れたのだった。

初めて訪れる佐野SA上り線。ここには、SAらしい素朴なフードコートがあった。こうしたフードコートで売られている食べ物は、たいてい「そこそこの味」である。もちろん、佐野SA上り線のフードコートも同様だろうと食ってかかっていた。

しかし、佐野ラーメンは違った。透明度の高いスープを口にした瞬間、世界は一夜にして動いた。ほどよく縮れた麺、薄口でクセのない澄んだ醤油スープ。あのボロい東秀ラーメンで過ごした幼き日々の残像が頭をよぎる。

「これだ。これなのだ!」

わたしがずっと探し求めていた追憶のラーメンが、現世に姿を現した瞬間だった。

「これぞ、世界一のラーメン」

大げさではなく、わたしはこころの底からそう思いながら、麺をすすり、スープを何杯も飲んだ。長年埋まることのなかった心の溝が、はじめて埋められた瞬間だった。

この感動の再会の余韻に少しでも浸りたく、家で作れる佐野ラーメンの1つを買って帰った。いつか、佐野ラーメンを食べにくるためだけに、佐野に来よう。そう心に誓い、佐野SA上り線を後にした。

それなのに、だ。

昨日、佐野SA上り線がストライキで休業したというニュースがツイッターでバズった。運営会社のトップと従業員の間に生ずる軋轢が限界を迎えたらしい。運営再開は未定だという。

わたしの世界一のラーメンが、また遠ざかってしまったのか…?やっと出会えたのに、引き離されてしまったのか…?

運営者には様々な事情があるだろう。彼らの都合や心情は全くの他人であるわたしには理解・口出しできるものではない。

それでも、わたしは佐野SA上り線の佐野ラーメンを愛している。まだ一度しか食べていないが、わたしの世界を変えたラーメンなのだ。もう一度、いや、これからもずっと、あの佐野ラーメンを食べられる世界で生きていたい。

たとえ運営会社が変わっても、あの佐野ラーメンの味は守られて欲しい。そんな一縷の望みを託しながら、わたしは佐野SA上り線の再開を待っている。小学生のわたしが、遠足前日にてるてる坊主を作って明日の晴れを願ったように。あの頃の幸せの味が、もう一度わたしの心を照らしてくれるように。

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